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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2192号 判決 1965年11月25日

控訴人 株式会社東亜鉄工所

被控訴人 株式会社協和銀行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。訴外東亜工業株式会社が昭和三六年一〇月三日清水建設株式会社に対する長崎市所在精洋亭ホテルの給排水衛生工事請負代金債権金一三九九万円を被控訴人に譲渡した行為は、債権額中金一一〇四万三七四二円の限度においてこれを取消す。被控訴人は控訴人に対し金一一〇四万三七四二円及びこれに対する昭和三七年一二月六日より完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

被控訴代理人は、

(1)  被控訴銀行が昭和三六年一〇月三日訴外東亜工業株式会社より精洋亭ホテル工事請負代金債権を譲受けたのは、右訴外会社に対する債権担保のためである。

即ち被控訴銀行は当時訴外東亜工業株式会社に対し左記七通の約束手形を割引いており、

表<省略>

又手形貸付金債権として、

表<省略>

という債権を有していた。

ところが昭和三六年一〇月二日訴外泰平物産株式会社が不渡手形を出したので、特約により前記割引手形の買戻債務及び貸付金についてはいずれも同日期限の利益を失つて弁済期が到来した。

そこで被控訴銀行は訴外東亜工業株式会社より右の債権担保のため同訴外会社の訴外清水建設株式会社に対する精洋亭ホテル工事請負代金債権金一三九九万七一三五円を譲受け、次いで訴外清水建設株式会社からその支払のため、金額一一六万円の約束手形一一通(但し満期日を昭和三七年二月以降同年一二月迄の各月一〇日としたもの)と金額一二三万七一三五円の約束手形一通の振出をうけ、昭和三七年一一月一〇日迄各満期日に計一〇通の手形(計金一一六〇万円)の支払をうけ、その都度これを訴外東亜工業株式会社に対する前記債権の弁済に充当した。そしてこれによつて訴外東亜工業に対する債権は満足をうけうる可能性があつたので、前記約束手形中昭和三七年一二月一〇日を満期日とするものと金額一二三万七一三五円の二通は、これを右訴外会社に返還した。

(2)  慈恵大学の控訴人に対する債権譲渡は、通謀仮装の行為か、然らずんば訴訟を主目的としたもので、信託法第一一条に違反し、無効である。

控訴人の主張によれば、訴外東亜工業株式会社の請負つた工事が進まないので、控訴人がそのあとをうけて同工事を請負い、工事代金は金三七四八万円としその三〇パーセントは慈恵大学の訴外東亜工業株式会社に対する損害賠償債権金一一二四万円を譲渡してこれに充てるというのであるが、同訴外会社は既に倒産し、その支払能力を有しないことは、控訴人も知悉しているのに拘らず右の如き契約をしたことは全く不可解であるし、控訴人が昭和三七年五月四日債権譲渡をうけると、同年六月初には本訴を提起している点、慈恵大学と訴外東亜工業株式会社との和解において、慈恵大学の同訴外会社に対する債権は填補賠償を求めるものであつて、右債権は昭和三六年九月末頃に発生したものであることを、ことさら相互に確認し、詐害行為取消請求の要件を満たそうと作為している点に照らすと、債権譲渡は通謀仮装の行為か、訴訟をなさしめることを主目的とした信託行為である、

と主張し、

控訴代理人は、

(一)  被控訴人の右(1) の主張事実中、被控訴人がその主張通り訴外東亜工業株式会社に対し手形を割引いてやつたこと、昭和三六年一〇月二日訴外泰平物産株式会社が不渡手形を出したこと及び被控訴銀行が訴外東亜工業株式会社に対し、その主張の金額の貸付金債権を有することは、これを認めるが、その余の事実は不知。右の貸付金はすべて従来からの貸付金を昭和三六年九月一一日に書替えただけであつて、同日新たに貸付けたものではない。

(二)  同(2) の主張を争う。

訴外東亜工業株式会社の請負つた慈恵大学の病棟の給排水衛生工事が予定通り進まないので、同病棟建設工事の設計監理に当つていた横河工務所が困却し、控訴人にそのあとを引受けてくれるよう懇請して来た。控訴人としてはこれに応じて横河工務所のような一流の設計事務所に今後全面的に応援して貰えば、非常な利益となるので、将来の業績の向上を期し、横河工務所の言う通り、工事を請負い、慈恵大学より債権譲渡をうけて請負代金の一部に充てたものである、

と答えた。

立証<省略>

理由

(一)、慈恵大学の損害賠償債権について。

成立に争のない甲第一号証、原審証人山田精夫の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第六号証、甲第一〇号証及び甲第一二号証、原審証人藤原千代次、同山田精夫、同小竹稔、当審証人岩崎真也、同藤原千代次の各証言を総合すれば次の事実を認めることができる。

訴外学校法人慈恵大学は昭和三六年四月一三日訴外東亜工業株式会社に対し同大学附属病院病棟の衛生工事を代金三七四八万円で請負わせ、翌一四日前渡金として工事代金の三〇パーセントに当る金一一二四万円を支払つたが、訴外東亜工業株式会社は同年九月末頃までに僅か三~四パーセントの工事を実施したのみで、その後は必要な資材の準備もととのわず、工事は全く停滞していた。同訴外会社は昭和三六年三月の決算書では利益を計上しているが、それは同訴外会社の主な得意先たる官庁より注文をとるには、黒字の納税証明が必要であるための粉飾決算であつて、実際は赤字で業績は思わしくなく、多額の債務を抱え、資金繰りが苦しかつたので、親会社の訴外泰平物産株式会社との間で融通手形を交換し、これを金融機関等で割つて貰つて資金の融通をつけていた。そして右の融通手形の額は昭和三六年九月末で約金五八〇〇万円に上つたが、それでも同年九月中における資金繰は苦しく、割引を受けた手形が期日におちなかつたので、これを買戻すため、新たに小切手や約束手形を振出すことも何回かあつた。ところが昭和三六年一〇月二日親会社の前記泰平物産株式会社が不渡手形を出して倒産したので、銀行等の金融機関は東亜工業株式会社の倒産を懸念し、従来の態度を変え、確実な商業手形を割引くほかは訴外東亜工業株式会社に対する融資を控えたので、同訴外会社は遂に同年一一月七日不渡手形を出して倒産するに至つた。

以上の事実を認めることができ、右事実によつてみれば、訴外東亜工業株式会社は昭和三六年九月末既に資金難に陥つて本件工事を停滞していた折柄、同年一〇月二日親会社たる訴外泰平物産株式会社が不渡手形を出し、而も訴外東亜工業株式会社は右泰平物産との間で約五八〇〇万円にも上る融通手形を交換していたのであるから、銀行等の金融機関が以後東亜工業株式会社の倒産をおそれて融資を手控えることは明らかであり、従つて請負工事の続行などは到底おぼつかなく、従つて昭和三六年一〇月二日訴外泰平物産株式会社が不渡手形を出してからは、訴外東亜工業株式会社の本件工事の停滞は一時的のものではなく、会社の存立自体が危うくなつたことによるものであるから、客観的にはこの時に同訴外会社の慈恵大学との間の請負契約に基く債務は履行不能に陥つたものと謂うべきである。

而してこれによる慈恵大学の損害について調べると、前顕証拠によれば、衛生工事は建物本体の工事と平行して行わねばならず、その停滞は他にも影響するので、病棟建設工事の監理に当つていた訴外株式会社横河工務所が後記の通り、特に控訴人に懇請して、東亜工業株式会社の請負金額と同額の金三七四八万円で衛生工事を請負わしたことが認められるので、前記履行不能による損害は当時でも金一一二四万円(東亜工業株式会社に対する前渡金相当額)を下らなかつたものと判断される。

よつて慈恵大学は昭和三六年一〇月二日当時訴外東亜工業株式会社に金一一二四万円の損害賠償債権を有していたものと謂わねばならない。

(二)、控訴人の債権譲受について。

前記甲第一二号証、郵便官署作成部分については成立に争がなく、その他の部分については弁論の全趣旨に照らし真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、成立に争のない甲第二号証の二、原審証人山田精夫、当審証人井堀和夫、原審及び当審証人小竹稔の各証言を総合すれば、訴外東亜工業株式会社が慈恵大学より金一一二四万円の前渡金を受けながら、工事らしい工事をすることなく倒産してしまつたので、病棟建設工事を監理していた訴外株式会社横河工務所はその責任を感じ、控訴人に対し、代金三七四八万円(但し内金一一二四万円は慈恵大学より東亜工業株式会社に対する同額の損害賠償債権を譲受けてこれに充てる)の約で、東亜工業株式会社が放置した衛生工事を請負うよう懇請した結果、控訴人は好ましくはなかつたが、この要望をいれて横河工務所に所謂『恩』をうれば、今後同工務所より工事を紹介して貰うことができ、結局業績を向上させることになることを考慮し、赤字を覚悟の上で、昭和三七年五月同工務所のすゝめる前記の条件で慈恵大学より前記衛生工事を請負いその工事代金内金一一二四万円の弁済にあてるため、同月四日慈恵大学より訴外東亜工業株式会社に対する金一一二四万円の損害賠償債権を譲受け、同日同大学より右訴外会社に対し内容証明郵便を以てその旨通知し、右郵便は同月八日右訴外会社に到達したことが認められる。

被控訴銀行は右の債権譲渡は通謀仮装のものか、然らずんば訴訟をなさしめることを主たる目的とした信託行為であるから、信託法第一一条に違反し、無効であると抗争するけれども、被控訴人の全立証によつても、その事実を認めることはできない。従つてこの点に関する被控訴銀行の抗弁は理由がない。

(三)、訴外東亜工業株式会社と被控訴銀行との間の債権譲渡について。

訴外東亜工業株式会社が訴外清水建設株式会社に対し長崎市所在精洋亭ホテルの給排水衛生工事の請負代金残債権金一三九九万円を有していたところ、昭和三六年一〇月三日被控訴銀行に対し右債権を譲渡したこと、右債権譲渡の当時被控訴銀行は訴外東亜工業株式会社に対し手形による金一五〇〇万円の貸付金債権を有し、且被控訴銀行主張の通り(当審で附加した主張(1) の通り)七通の約束手形を割引いておつたことは当事者間に争がない。

而して弁論の全趣旨に照らし真正に成立したものと認められる乙第一五号証によれば、訴外東亜工業株式会社と被控訴銀行との手形取引について、期限の利益喪失に関する特約があり、これによれば、割引を依頼した約束手形の振出人たる第三者が手形交換所の不渡処分をうけ又はその警告をうけたときは、同人が振出した約束手形で被控訴人が割引いたものについては、満期日の到来前でも直ちに右手形を額面額で買戻す義務を生じ、この義務を履行できないときは、割引依頼者の全債務につき直ちに期限の利益を失うこととされているので、前認定の通り訴外泰平物産株式会社が昭和三六年一〇月二日不渡手形を出したことにより(即日不渡処分をうけたか否かこれを明かにする資料はないが、少くとも警告をうけたことは察するに難くない)同訴外会社振出の五通の約束手形額面計金七〇〇万円(被控訴銀行の当審において附加した主張(1) のイ乃至ホの約束手形)につき訴外東亜工業株式会社は直ちにこれを買戻す義務を負つたが、その義務を履行できなかつたので、前記金一五〇〇万円の貸付金及び被控訴銀行主張の(ヘ)、(ト)の約束手形金二五六万六〇〇〇円についてもその弁済期の何時たるかを問わず、期限の利益を失つたものと言わねばならず、結局訴外東亜工業株式会社の被控訴銀行に対する以上の債務計金二四五六万六〇〇〇円については昭和三六年一〇月二日にその弁済期が到来したものと謂うべきところ、いずれも成立に争のない乙第九、第一〇号証、原審証人藤原千代次及び同山下修の各証言及び口頭弁論の全趣旨によれば、訴外清水建設株式会社に対する前記請負代金残債権の譲渡は、被控訴銀行の訴外東亜工業株式会社に対する右の金二四五六万六〇〇〇円の債権の譲渡担保であつて、それは換価後清算を要するものであることが明らかである。

ところで債務者が弁済期の到来した債務をその本旨に従つて弁済することは、その債権者と債務者が通謀して他の債権者を害する意図を以てした等特段の事情がない限り、原則として詐害行為を構成しないと解すべきものであるから、これを金銭債権について言えば、弁済期到来後に現金を以て弁済することは、原則として詐害行為とならず、従つて又現金よりも確実性に欠ける第三者に対する金銭債権を以てその額面で代物弁済することは現金で弁済する場合に比し、債務者に有利になることはあつても不利となることはないから、これまた原則として詐害行為を構成しないものと謂うべきである。そうだとすれば更に一歩を進め、債務者が弁済期の到来した金銭債務につき、その清算的譲渡担保として被担保債権額以下の第三者に対する金銭債権をその債権者に譲渡することは、弁済の場合と同様に原則として詐害行為とならないものと解するのが相当である。蓋し、担保の提供は特約のない限り債務者の義務ではないけれども、弁済期の到来後は債務者は担保の提供ですむものでなく、即刻弁済しなければならないのに、その弁済をしないで、債務額以下の金銭債権を清算的譲渡担保として譲渡することは、弁済の場合に比してより多く債務者の財産を減少するものということはできないから、弁済が原則として詐害行為とならない以上、右の如き担保提供も同一に解することが、権衡上相当であるからである。

よつて、本件につき前記特段の事情の有無について按ずるに、原審証人藤原千代次、同山下修、当審証人岩崎真也(一部)の各証言によれば、被控訴銀行福岡支店次長山下修は昭和三六年一〇月二日訴外泰平物産株式会社が不渡手形を出したことを知るや、その子会社たる訴外東亜工業株式会社に対しても危惧の念を抱き、同夜遅く右訴外会社代表取締役藤原千代次が出張先より帰宅するまで待つて、翌三日午前一時頃同人宅で面談し、被控訴銀行の右東亜工業株式会社に対する債権確保のため、従来同様の目的で代理受領の委任をうけていた同会社の清水建設株式会社に対する精洋亭ホテルの工事請負代金債権の譲渡を強く要求すると共に、直ちに債権を取立てる(東亜工業株式会社に対する被控訴銀行の債権のすべてについて弁済期の到来したことは前認定の通りである)ことを差控え、事態の推移を見た上で、今后とも資金の面倒を見る旨を言明したので、前記藤原千代次もこれに応じ、以て前記の通り債権譲渡がなされたものであることを認めることができ、両者が通謀し他の債権者を害する意図の下にこれをしたものでなく、訴外東亜工業株式会社としては何とか苦境を脱し、今后の立直りを期待していたものであることが認められるのである。

以上の次第であるから、代理受領の特約の法律的性質に立入るまでもなく、東亜工業株式会社と被控訴銀行間の本件債権譲渡は詐害行為を構成しないものと謂うべきであつて、最高裁判所が昭和二九年四月二日に言渡した判決は、本件に適切でない。

よつて控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条の各規定に則り主文の通り判決した。

(裁判官 岸上康夫 小野沢龍雄 室伏壮一郎)

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